2007年8月17日金曜日

「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」

 フィルムの状態はひどく悪かったが、これは傑作中の傑作。筒井康隆が『不良少年の映画史』で絶賛するのもわかる。
 柳生藩の国元で家宝の「こけ猿の壺」に軍資金百万両の地図を隠してあったことがわかり大騒ぎになる。家宝とはいっても汚い壺なので、藩主の対馬守(阪東勝太郎)が江戸の千葉道場に養子に出した弟、源三郎(沢村国太郎)にあたえてしまったからだ。対馬守は壺をとりもどすために家老の峰丹波(磯川勝彦)を江戸に急行させる。
 江戸ではそんなこととは知らず、壺を屑屋に売ってしまう。家老に秘密を打ち明けられた源三郎は壺を探すという名目で外出するが、百万両には関心がなく、矢場にいりびたって暇をつぶす毎日。
 源三郎は柳生家の生まれとはいっても剣術はからきし駄目のぐうたらだが、画面に登場するだけで春風駘蕩の気がかよう。沢村国太郎という役者、中村梅之介に似ていると思ったが、前進座とは関係がなく、沢村貞子の兄にして長門裕之・津川雅彦の父親だった。
 源三郎のいりびたっている矢場はお藤(喜代三)という歌のうまい女将が切盛りしているが、そのお藤の亭主格が丹下左膳(大河内傳次郎)で用心棒を兼ねている。
 源三郎が常連になる直前、矢場では事件があった。七兵衛(清川荘司)という客がチンピラにからまれ、殺されたのだ。お藤と丹下左膳は七兵衛の一人息子の安吉をひきとっていたが、安吉のもっていたのが「こけ猿の壺」。金魚を飼うために隣の屑屋の二人組からもらったものだが、百万両の地図が隠してあるとはもちろん知らない。
 お藤と左膳は安吉のことでなにかと気をもむが、このやりとりが絶品で思わず微笑む。大河内傳次郎のコメディの才能を見抜いた山中貞雄はすごい。
 ニヒルな剣士を子煩悩なマイホーム・パパにされてしまい、原作者の林不忘はおかんむりだったそうだが、皮肉にもこの作品のおかげで丹下左膳は不滅のキャラクターとなった。
 ゆるい作りに見えるが、最後まで見ると伏線がすべて解決されていて、意外にも首尾一貫している。ハイカラなコメディを江戸の遊興文化にとけこませた山中は天才の名に値する。