2007年8月12日日曜日

「とことん押井守」

 先週一週間、NHK BS2の「アニメ・ギガ」で押井守特集をやっていたが、最終日の11日は1時間のティーチインにつづいて、「ビューティフル・ドリーマー」、「アヴァロン」、「イノセンス」を一挙放映するという豪華版だった。今回の特集では各作品の後に押井守氏のインタビューがついたが、さらに11日はティーチインのメンバーが残り、延長戦をつづけていた。
 「イノセンス」はDVDをもっているのでパスしたが、20年ぶりの「ビューティフル・ドリーマー」と未見の「アヴァロン」はおもしろく見た。岡田斗志夫氏はこの3本は映画についての映画だとメタ映画性をしきりに強調していたが、そんなこと関係なしにおもしろい。
 「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」は技術的には一時代前の作品だが、ところどころにすごい場面があるし、作品として抜群におもしろい。
 TV版「うる星やつら」から3話選んで放映した日のインタビューで、押井氏は女性は結婚したら誰かの夫人になってしまうので、本当は結婚したくないのではないか。「うる星やつら」は永遠に結婚を回避したい女性の論理で作られているが、男である自分はそれではモチベーションが生まれないという意味のことを語っていた。学園祭前日が果てしなくくりかえす「ビューティフル・ドリーマー」は「うる星やつら」の構造をテーマにしたメタ「うる星やつら」ということになるだろう。
 それは原作を壊すことにつながる。実際、原作者の高橋留美子氏は「ビューティフル・ドリーマー」を見て、唖然としたと伝えられている。
 ティーチインでは「ビューティフル・ドリーマー」で演出を担当した西村純二氏が裏話を披露してくれたが、一番驚いたのは、あの複雑なストーリーをシナリオなしで作ったという話だ(押井氏の頭の中にはあったのだろうが)。西村氏はA4版2ページのメモをわたされ、あとはその都度、押井氏から口頭で指示を受けただけだったという。
 アニメの場合、スケジュールの関係でシナリオなしで作ることはままあるらしいが、「ビューティフル・ドリーマー」の場合は原作者と小学館のシナリオ・チェックを回避するという計算もあったようだ。もし、事前にシナリオのチェックを受けていたら、現在のような作品にはなっていなかったかもしれない。
 押井氏は完全主義者として知られるが、黒澤明的な独裁者ではなく、現場の裁量にまかせる部分が大きいというのも意外だった。
 「ビューティフル・ドリーマー」にはしのぶが風鈴の屋台を追いかけ、見失って途方にくれるのを、二階の窓から後ろ姿だけで登場する未知の男が見下ろす場面がある。その男が誰かで議論が紛糾したが、西村氏は押井氏からは後ろ姿の男という指示しか受けなかったが、自分の判断で、監督である押井氏が途方にくれるしのぶを見ていると解釈し、押井氏の後ろ姿に似せたということだった。
 西村氏をそれだけ信頼していたということなのだろうが、作品の要になる部分をまかせてしまうというのはすごいことである。
 「アヴァロン Avalon」は実写映画だが、全編ポーランドのロケ、出演者は全員ポーランドの役者、台詞もすべてポーランド語である。
 実写というだけで敬遠していたが、映像はゲームの場面も現実の場面もすべて徹底的にデジタル処理されていて、どことも知れぬ未来空間になっている。モノトーンに近いセピア色の画面は強烈に脳に刻まれ、残像として残る。あの荒廃感を味わうだけでも、この作品は見る価値がある。
 「攻殻機動隊」をパクった「マトリックス」に対抗しようという意図を読むのは勘ぐりすぎだろうか。
 惜しむらくは「マトリックス」ほどのはったりがないこと。映像とヒロインの美しさでは「マトリックス」に勝っているが、世界観では負けている。