2007年8月30日木曜日

「シッコ」

 アメリカの健康保険制度をムーア流に料理したドキュメンタリー。SiCKOとは「病人」という意味だそうである。
 最初に健康保険にはいっていない人の悲惨な例をいくつか紹介した後、「でも、この映画は彼らの映画ではない」と断って本篇にはいる。多種多様な実例を軽快なテンポで紹介し皮肉をきかせる手際は健在で、「ボウリング・フォー・コロンバイン」の調子をとりもどしている。
 ムーアがホームページで健康保険に関する情報提供を募集したところ、被害者側の情報だけではなく、保険会社に勤務していた人からの内部告発がかなりあったようだ。
 保険会社にムーアにたれこむぞといって、手術の費用をかちとった人の例で笑わせた後、最初の山場が来る。良心の呵責を感じて辞めた元電話係と元交渉係、査定にあたった医師の三人が顔をさらして出演し、最後は涙で自分のやったことを告白したのだ。アメリカではこういう告白が一番説得力をもつ。
 日本では個人が組織に埋没してしまうので、両親にもとづく内部告発はあまりないらしい。アメリカのいい面である。
 次の山場は9.11の救助活動と後始末にボランティアで参加した人たちの悲惨な現状だ。正規の消防士や警察官が後遺症に悩まされ、十分な補償がなされていない話はこれまでにも伝えられてきたが、ボランティアはまったく補償を受けられずにいて、さらに悲惨だ。災害のボランティアをやる人は、ボランティアで現場にいたという証明をとっておく必要がある。
 気のめいる話がつづいた後、外国の保険制度が紹介される。カナダ、英国、フランスの三ヶ国で、アメリカと比較してはもちろん、日本と比較してさえ天国に見える。多分、誇張と言い落としがあるのだろうが、病気を治すためにカナダにいくアメリカ人がいるのは事実だそうだ。
 最後のクライマックスは9.11の後遺症の満足な治療を受けられない元ボランティアを引き連れ、グアンタナモ基地に上陸かとはらはらさせた後、キューバに乗りこむ場面である。グアンタナモ基地が出てくるのは、グアンタナモ基地に収容されているアルカイダの容疑者は無料で医療が受けられるからだ。
 キューバ政府は一行をあたたかくむかえ、必要な治療を無料でおこなって帰したが、あの部分は眉に唾をつけた方がいいかもしれない。キューバは長らく経済制裁を受けており、医薬品がそんなに豊富とは考えにくいからだ。
 この映画の政治的影響は日本でも大きいと思う。健康保険の負担が来年からさらに増えるからだ。TVで放映されるのは来年の夏だろうが、選挙の行方を左右するくらいのインパクトがあるかもしれない。