「毛皮のエロス」
女流写真家ダイアン・アーバスの生涯を題材に、勝手な妄想をくりひろげた贋伝記映画である。パトリシア・ボズワースの『炎のごとく―写真家ダイアン・アーバス』が原作ということになってはいるが、半分以上はフィクションといっていい。
ダイアン(作中では「ディアン」と発音)は百貨店主の娘として生まれて何不自由なく育ち、ファッション写真家のアラン(タイ・バーレル)と結婚してからは撮影のアシスタントをつとめ、二人の娘を育てるという、健全きわまりないアメリカ女性だった。
しかし、良妻賢母の生活だけではエネルギーをもてあまし、彼女はしだいに気鬱に陥っていった。
そんな時、一つ上の階にライオネル(ロバート・ダウニーJr)という謎の男が越してくる。夏なのにコートを着こみ、目出し帽のようなマスクをかぶり、こっそり出入する。しかも、奇型の客が人目を避けてしょっちゅう訪問しているらしい。
彼女はライオネルの正体をさぐろうとし、多毛症という奇型であることをつきとめるが、その頃には彼に引かれるようになっていた。彼女は精神的な不倫関係におちいり、フリークスの世界に導かれていった。
健康なアメリカ女性が異形の男に惚れたばかりに頽廃の世界にのめりこんでいったというストーリーになっているが、これはニコール・キッドマン主演を前提にした当て書きだろう。
実際のダイアンはニコール・キッドマンとは似ても似つかない東欧ユダヤ人の顔をしていて、大きな愁いを帯びた眼はカフカを思わせないではない。ダイアンの兄はハワード・ネメロフという一家をなした詩人であり、一族には気鬱症をもっている者が多いというから、芸術的天分というか病気の要素は生来のものといえよう。
困ったことに、この映画、かなりおもしろいのである。ダイアン・アーバスはこの映画のような女性だったと誤解する人が増えそうだ。ダイアンの遺族は伝記の類をかたくなに拒否しているということだが、よくこの映画を許可したものだ。
彼女の作品集は筑摩から出ていたが、現在は絶版である。アメリカ版なら"An Aperture Monograph"、"Magazine Work"などがペーパーバックで入手できる。