2007年10月6日土曜日

「ふろくのミリョク☆展」

 弥生美術館で「ふろくのミリョク☆展」を見た。ここは雑誌の挿絵専門の美術館だから、雑誌の付録も守備範囲ということだろう。
 若い人は知らないだろうが、少年サンデー、マガジンが創刊される前はマンガ雑誌は月刊が基本で、本体より一回り小さい別冊マンガ数冊と紙製の組立付録を間にはさみ、倍くらいの厚さに膨らんでいた。紙の事情がよくなっても、マンガ雑誌だけはガサガサの仙花紙にこだわっていたから、見かけの厚さが売行を左右したのかもしれない。組立付録は紙製といってもあきれるくらいよく出来ていて、組み立てるのがまた楽しみだった。
 展示は一階がルーツと少年雑誌、二階が少女雑誌という配分である。
 組立付録のルーツは江戸紙おもちゃと欧米のペーパークラフトだ。双六やカルタ、錦絵、皇室ブロマイド(!)のような紙の付録をつけているうちに、昭和にはいった頃からペーパークラフトを日本化した組立付録をつけるようになったらしい。
 初期の組立付録は時代が時代だけに、軍艦や戦車、飛行機といった軍事ものが多い。講談社「少年倶楽部」専属で中村星果という付録作りの名人がいて、彼の作品で一つのコーナーができていたが、ひと抱えもある戦艦三笠など、唖然とするくらいよくできている。細部まで細かく作りこんである上に、組み立てる前の紙の状態を見ると、ほとんど無駄がない。戦艦三笠は復刻版が講談社から出ていたようだが、今は絶版である。これはぜひほしい。また復刻しないだろうか。
 戦前は中村星果を擁した「少年倶楽部」の独壇場だったが、戦後は光文社の「少年」が組立付録の王者となる。

 「少年」で一つのコーナーができていたが、「少年」はとっていたので懐かしかった。見覚えのある付録もあった。今にして思えば大変なことだが、「少年」には「鉄腕アトム」、「鉄人28号」、「サスケ」など、昭和のマンガの代表作が連載されていたのだった。
 うっかりしていたが、『月刊漫画誌 「少年」 昭和37年 4月号 完全復刻BOX』という復刻版が出ていた。プレミアがついているようだが、また復刻してくれないものか。
 戦後の組立付録は軍事から科学へシフトしたが、科学付録といえば学研の「科学」が他を圧していた。学習雑誌は講談社や小学館からも出ていたが、「科学」の付録はプラスチックや木材、金属を使っていて、次元が違っていた。それが現在の『大人の科学』シリーズにつながっているわけであるが。
 学研の「科学」だけ紙以外の素材を使った付録をつけることができたのは、学研がトラック輸送を使っていたためだそうである。学研以外の学習雑誌は国鉄で運送していたので、雑誌には紙しか認めないという国鉄の規制にひっかかり、紙の付録しかつけることができなかったというわけだ。
 多分、これには取次の問題もからんでいるだろう。学研の学習誌は書店ではなく、学校で売られていた。教師が予約した子供から毎月お金を集め、教室でわたすということをしていたのだ。よくあんなことが許されていたものだと思う。
 さて、二階は少女雑誌の付録だが、こちらはイマイチだった。松島トモ子は懐かしかったが、どれも妙に実用的で、付録特有のバカバカしさが薄いのである。
 この展覧会にあわせて、河出書房の「らんぷの本」シリーズから『少女雑誌ふろくコレクション』が出版されるというが、少女雑誌の付録では食指が動かない。平凡社の「別冊太陽」から出ている『おまけとふろく大図鑑―子どもの昭和史』の方がおもしろそうだ。
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