2007年7月15日日曜日

NHKのプロパガンダ考古学

 NHKの三回シリーズの「失なわれた文明」の最終回、「密林が生んだ二千年の王国」を見た。「第1集 アンデス ミイラと生きる」と「第2集 マチュピチュ 天空に続く道」はプレ・インカとインカをとりあげていたが、今回はマヤである。
 マヤは日本の本州ほどの限られた地域に、同一の言語と文字をもちいる都市国家群が二千年間、一度も統一されることなく共存しつづけたとして、多様な価値観の共存というNHK流のメッセージを暗に訴えていた。
 番組は帝国を作ろうとした反面教師としてティカルをとりあげていた。ティカルは都市全体を漆喰で舗装することによって、降った雨水を貯水池に集め、飛躍的に生産力を高めて周辺都市国家の征服に乗りだした。マヤには明けの明星の出ている期間しか戦争をしないとか、戦争には庶民を巻きこまないとか、王を捕らえたら終わりにするとかいったルールがあったが、ティカルは戦争のルールを踏みにじって敵の都市国家を殲滅した。しかし、ティカルの覇権は百年もつづかず、内紛が起こって自滅してしまったというわけである。
 番組を見ていると、ティカルとティカルに滅ぼされた都市国家以外の都市国家は二千年間ずっと平和的につづいていたような印象を受けるが、実際はそうではない。どの都市国家も数百年で放棄されているのだ。原因は環境破壊である。マヤの都市国家は、都市国家自体が焼き畑農業的に転々としていたのである。
 また、ティカルの滅亡の原因を帝国主義的野望にとりつかれた支配層の内紛に帰するのはおかしい。実はティカル滅亡の前後、マヤの都市国家の多くが衰退している。
 番組ではマヤの都市国家群が域内ネットワークを作って交易で繁栄していたと語っていたが、実際はそのネットワークはテオティワカン帝国を介して北米のネットワークとつながっていた。テオティワカン帝国は北米と中南米を結ぶハブの役割を果たしていたが、そのテオティワカン帝国が滅びたために、マヤだけではネットワークが機能しなくなり、都市国家群は干あがっていった。ティカルの内紛はテオティワカン帝国滅亡の余波と考えるべきだ。
 「失われた文明」というシリーズは国立科学博物館で開かれる「インカ・マヤ・アステカ展」の宣伝のために製作されたといっていいだろう。副題に「世界遺産の宝庫 中南米三大文明」とあるのに、プレ・インカ、インカ、マヤをとりあげただけで、アステカを無視している。アステカ帝国はテオティワカン帝国の故地に築かれた。アステカ帝国やテオティワカン帝国の存在を出してしまうとまずいことでもあるのだろうか。
 アステカをとりあげるとなると、滅亡の原因にもふれざるをえなくなる。直接の原因はスペインの征服だが、コルテスがわずか600の寡兵でアステカ帝国を滅ぼすことができたのはコルテスに協力した部族がいたからだ。彼らはアステカ族憎しに凝り固まってコルテスに協力したのはいいが、最後はスペインの奴隷にされてしまった。狭い了見で外部勢力に協力するとどうなるかという見本である。
 NHKはティカルを邪悪な帝国主義国家に仕立てあげ、マヤを多様な価値観の共存する都市国家の理想郷のように描きだしたが、実のところ考古学を装った反米プロパガンダにすぎない。NHKの番組は眉に唾をつけてみた方がいい。

付記:新大陸に関する本については「アメリカ先住民」参照。