「勅使河原宏展」
埼玉近代美術館で「勅使河原宏展-限りなき越境の軌跡」を見た。
勅使河原宏氏は安部公房作品を映画化しただけでなく、敗戦直後に「世紀の会」を結成し、ともに前衛芸術運動を推進してきた仲間だった。家元継承後は陶芸や竹のインスタレーションに力をいれ、映画も「利休」、「豪姫」と伝統回帰した印象があったが、今回の展覧会を見て、最後まで前衛をつらぬいていたこと知った。
入口をはいると、Ω型に曲げた竹をつらねたトンネルを歩いて展示場に導かれるのであるが、カーブしているせいか屋内とは思えないくらい長く感じた。聞けば30mもあるという。
第一室は活花だが、なまものだけに写真展示が主だった。活花はわからないが、未来建築のような印象である。こういうものが部屋に飾ってあったら、落ちつかないだろう。
第二室は竹のインスタレーション。写真と記録映画が主だが、物量を投入した野外展示のすごさに度肝を抜かれた。膨大な数の青竹が整然とならべられ曲げられているが、内側の反発力が頑強なしなりを生み、一本一本が激しく自己主張している。竹は単なる素材以上のものになっている。実物を見たかった。
映画は「勅使河原宏の世界」としてDVD化されているが、竹のインスタレーションの映像は今のところ発売されていないようだ。ぜひDVD化してほしいと思う。
第三室は「利休」に捧げた書と陶芸。竹をそのまま炭に焼いたような黒い肌の焼物が多く、いかにも前衛芸術という印象だ。豪快というべきなのだろうが、正直いって、この部屋の作品はわからない。
第四室は映画監督と草月プロデューサーとしての勅使河原。室の入口で「砂の女」、「他人の顔」、「おとし穴」の予告編をエンドレスで上映しているが、つい見いってしまった。
脚本や絵コンテ、セットの設計図などの資料類が中心だが、「他人の顔」関係が多い。細く尖らした鉛筆で書いたとおぼしい細心精密な筆致で、第一室から第三室までの豪放磊落な印象とは180度違う。
「他人の顔」の診察室に出てきたアクリル板の間に人体の部分をはさんだオブジェの実物が展示されていた。画面では安っぽく見えたが、実物は一個の芸術作品である。手や足は実物大で、人体を形どりしてレジンを流しこんだのかと思ったが、近くで見ると筋肉や皮膚の凹凸が誇張されているのがわかる。
「砂の女」関係資料は青焼きの図面二枚と、カンヌの賞状しかなかった。残っていないということだろうか。カンヌの賞状は二つ折りで、左側は水彩とおぼしい絵で、それ自体、一つの作品といっていいくらいのものだった。
第五室は「世紀の会」時代の作品で、安部公房ファンには一番興味深い部屋だ。
勅使河原は芸大の日本画科出身だが、なぜか油彩ばかり、それもタンギーを思わせる絵など最初から前衛していた。安部公房の医学部卒業のようなものか。
「世紀の会」は「世紀群」という機関誌を出していたが、その実物が展示されている。プロの手になると思われる謄写印刷で保存状態がいい。安部公房は第四号に「魔法のチョーク」を寄稿しているが、その挿画が勅使河原なのである。貼込で、手彩色らしく実に鮮かだ。