「武部本一郎」展
弥生美術館で「紙芝居からSFアートまで 武部本一郎展」を見た。
展示は一階と二階にわかれ、二階はエドガー・ライス・バローズの「火星シリーズ」以降、一階はそれ以前である。
一階は紙芝居からはじまっている。印刷ではなく、絵具で描いた上からニスをかけて補強している。実際に口演に使われたそうだが、保存状態はいい。
つづいて貸本マンガと絵物語がくるが、この頃、武部夫人がGHQの通訳をやっていた関係で、アメリカ軍の軍人からよく肖像画を依頼されたという。
その経験が役に立ったのか、翻訳物の児童書の挿画が増えてきて、エキゾチックな武部調がしだいにはっきりしてくる。
児童書の挿絵は多い上に多ジャンルにおよんでいるが、意外だったのはSFの挿画を早くから手がけていたことだ。なんと、「ターザン」まで描いていた。通説では『火星のプリンセス』ではじめてSFと出会ったことになっていたが、そうではなかったのである。
ホームズやベリヤーエフには見覚えがあった。どうやら「火星シリーズ」以前から武部の挿画を見ていたらしい。
二階はいよいよSFアート時代である。最初に「火星シリーズ」、次に「金星シリーズ」、そして「ペルシダー・シリーズ」、「月シリーズ」、「ターザン・シリーズ」とバローズ作品がならび、他の作家の挿画がつづく。
文庫の挿画なので原画は大きくはないだろうと思っていたが、B5くらいあり、実に細密に描かれている。
武部は「火星シリーズ」の成功で一躍SFアートの第一人者となるが、1970年代にはいるとマンネリになってくる。一番脂が乗っていたのは「火星シリーズ」前半と「金星シリーズ」だと思う。特に「金星シリーズ」はいい。武部の最高傑作はなにかときかれたら、『金星の火の女神』のドゥーアーレーを描いた口絵をあげるだろう(「エドガー・ライス・バローズのSF冒険世界」で見ることができる)。
「火星シリーズ」は全巻読んだが、「金星シリーズ」は武部の挿画が目的で買ったものの、中味を読んだ記憶はない。多分、読んでいないだろう。読んでみたくなったが、すでに絶版になっていた。
図録の代わりの「挿絵画家武部本一郎」という小冊子を買ったところ、『武部本一郎少年SF挿絵原画集』を編纂した大橋博之氏による小伝があった。これを読むと、通説は間違いだらけだったことがわかる。これまでの武部像は「火星シリーズ」の訳者で東京創元新社の取締役だった厚木淳氏の紹介文で作られた部分が大きかったが、厚木氏と武部氏の関係には微妙なものがあったらしい。
武部の画集としては大橋氏編纂のものと加藤直之氏による『武部本一郎SF挿絵原画蒐集』が入手可能だが、岩崎書店から出ていた三巻本はとうに絶版で、古書店で高値をつけているようだ。東京創元新社から限定版で出た画集となると、20万円以上するらしい。ファンは多いのである。
二転三転していた「火星シリーズ」の映画化がいよいよ本決まりになったようだ。eiga.comによると、製作はピクサーがてがけ、「ロジャー・ラビット」のようなアニメーションと実写を合成した作品になるらしい。デジャー・ソリスは女優が演じると思うが、誰がやるのだろうか。赤色人はネイティブ・アメリカンがモデルだから、武部が描いたような東洋系の顔でもおかしくないはずだが、そうはなるまい。誰がやるにしろ、日本のバローズ・ファンは武部のデジャー・ソリスが動きだすのでない限り納得しないが。