2007年9月13日木曜日

「お遊さま」

 谷崎潤一郎の「蘆刈」の映画化だが、原作をずいぶん変えている。
 原作は谷崎とおぼしい小説家が水無瀬の中洲で見知らぬ男の昔語りを聞くという夢幻能のような趣向をとっているが、映画の方は縹渺とした幻想味を吹き飛ばしたリアリズムである。
 骨董の老舗の若主人である愼之助(堀雄二)はお静(乙羽信子)と見合いをするが、付添ってきた姉のお遊(田中絹代)の方に一目惚れしてしまう。お遊は船場の大店に望まれて嫁していて、一児を設けたが、夫に死別していた。跡取り息子を育てるために婚家に残り、その代わり贅沢を許されている身で、愼之助が望んでも結婚できる相手ではなかった。
 愼之助はお遊と会いたいためだけにお静と交際をつづけ、お静と祝言をあげるが、結婚初夜にお静から自分は姉の心を察して嫁に来たので、あなたに体をまかせては姉に申し訳ないといわれる。お静との結婚がなったについてはお遊の後押しがあったこともわかる。お遊は崇拝者を身近にはべらせるべく、お静を利用したのだ。お静は姉に利用されることによろこびを見出している。愼之助とお静は夫婦関係のないまま、お遊と三人で楽しい日々をすごす。
 しかし、お遊の息子が急死すると状況は一変する。三人の不自然な関係が問題になり、お遊は実家に返され、別の家に再嫁することになる。
 愼之助の家は左前になり、東京に夜逃げをする。愼之助はお静を本当の妻にし一粒種に恵まれるが、貧困の中でお静は死に、息子を育てきれなくなった新之助は伏見の別荘で十五夜の宴をはっているお遊に息子を託し、行方をくらます。
 この展開は映画のオリジナルで、女王様に息子を押しつけて逃げるなどという結末はマゾ男にあるまじき所行である。原作は落魄した愼之助が毎年十五夜に幼い息子を連れてこっそりお遊の宴をのぞきにくるという終わり方をしている。女王様を影ながらお慕いしつづけるのがマゾ男の正しい身の処し方である。溝口は何でも許してくれる母親を求めていたにすぎず、マゾヒズムがわかっていなかった。
 原作では初対面時に愼之助28歳、お遊23歳、お静18歳だが、田中絹代のお遊は愼之助より年上の大年増に見える。お遊は若尾文子にやってほしかった。お静の乙羽は清楚で美しいが、東京に夜逃げをしてからはたくましい地が見えてしまう。お静がたくましくては興ざめだ。