2007年9月10日月曜日

「オフサイド・ガールズ」

 パーレビ王政時代は欧米風のファッションの女性が街を闊歩し、女性の教育レベルが中東一高かったイランが、ホメイニ革命後、おそろしく窮屈な国になったのは御存知の通りである。女が男のスポーツを生で観戦することも禁止されているが、実際はあの手この手で競技場にもぐりこんでいるらしい。
 この映画はドイツ・ワールドカップの出場権をかけた試合を見ようとして失敗した女たちの話である。彼女たちは男装してはいろうとしたが、見つかって競技場の外通路に集められる。壁一つ向こうは観客席で応援の声が聞こえてくるのに、兵士が監視しているので見ることができない。彼女たちは兵士に男顔負けの悪態をつき、試合を実況中継しろとせがむ。
 映画の冒頭で競技場行きのチャーターバスを止め、娘を探していた老人が再登場するが、姪しかいなかったから、潜入に成功した女もすくなくないのだろう。一度知った自由の味は忘れられないということだ。まだ読んでいないが、『テヘランでロリータを読む』という本は女性のための地下読書会の実話だそうである。
 イラン女性のたくましさは救いだが、その一方、都市と田舎の絶望的な格差もこの映画から見えてくる。競技場に潜入を試みた女たちはみなテヘランっ子で、ダフ屋のふっかける法外な金額を出せるくらい裕福だが、彼女たちをとりしまる兵士は貧しい田舎の出身で、軍隊にはいる前は羊飼いをやっていたりする。彼らからみれば、男装してでもサッカーを見ようなんて、お気楽な都会女の我儘でしかない。家族を食べさせるために男装して働きに出る『少女の髪どめ』の難民少女とはわけがちがうのだ。
 厳格なイスラム原理主義はあの兵士たちのような貧しい草の根の人々に支持されているのだ。原理主義はこれからもつづくだろう。