2007年6月1日金曜日

「ドレスデン、運命の日」

 150分の長尺だが、IMDbによると、もとはドイツのTVムービーで180分ある。劇場公開したのは今のところ日本だけらしい。
 ドレスデン空襲は30万人の非戦闘員を一夜にして殺し、街全体が美術品といえるような古都を瓦礫の山に変えてしまった。ヒロシマに匹敵する無差別大量虐殺であり、旧連合国側にとっては歴史の汚点であり、タブーだった。詳しくは『アメリカの日本空襲にモラルはあったか』を読んでほしい。題名は日本空襲だが、ドレスデン空襲もとりあげている。
 ヴォネガットはアメリカ人捕虜としてドレスデン空爆に巻きこまれ、その体験を『スローターハウス5』に書いている。祖国のおこなった戦争犯罪を自ら被害者として経験したことはヴォネガットの原点だった。小説はもちろん、映画もすばらしかった。
 あのドレスデン空襲を、最近好調のドイツ映画界がついに映像にしたわけである。期待しないわけがないだろう。
 ところが、期待は裏切られた。失望したというより、唖然とした。
 ヒロインは看護士だが、病院長のお嬢様で、苦学して医者になったエリート医師と婚約している。ヒーローは英空軍の撃墜された爆撃機の飛行士で、腹部に貫通銃創を受けているのに、ドレスデンの街を走りまわって大活躍する。
 前半ではヒロインの父親の腐敗が執拗に描かれる。彼はナチスの上層部にコネがあり、ドイツの敗戦を見越して、モルヒネを横流しした金でスイスに病院を手にいれている。婚約者はモルヒネ不足で治療ができないと嘆いていたが、結局、義父となる病院長の犯罪を黙認してしまう。ヒロインは婚約者に愛想をつかし、英空軍パイロットの方を愛するようになる。傷病兵の寝かされている大部屋でベッドシーンを演じさせなくてもいいだろうに。
 病院長がいよいよ女たちをドイツから脱出させようとした夜、運命の空襲がはじまる。
 これではまるでドイツ人に対する天罰として、空から爆弾が降りそそいだかのようではないか。事実、爆撃機の照準手はそんな意味の聖書の文句を暗唱しながら爆弾を落としていくが、病院長一家は自業自得だとしても、一般のドイツ人の死まで天罰というのか。
 ドレスデンというタブーを映像化するには、ここまでアメリカに気を使わなければならないということか。
 空襲の場面はさすがにリアルだ。石造りの街は日本の木造の街とは違う燃え方をし、人々は違う死に方をする。ここだけは見る価値がある。