『魔界転生』では生き返らない
山口県光市の母子殺人事件差し戻し審で、被告の元少年が三日間の陳述を終えた(Sankei Web、Mainichi-MSN)。殺人とその後の死姦行為をどう言いつくろうのか興味があったが、ドラモンや『魔界転生』まで登場するあきれた内容だった。本村氏は「聞くに堪えない3日間だった
」と感想を述べたが、日本中がそう感じたのではないか。
遺体に凌辱をくわえたのは復活のための儀式だったという被告側の言い分が伝えられていたが、今回、F被告本人が意図を語った。izaから引く。
弁護人「亡くなっているのを分かった上でなぜ乱暴したのか」
被告「生き返ってほしいという思いだった」
弁護人「どういうことか」
被告「山田風太郎の『魔界転生』という本に、そういう復活の儀式が出ていた
F被告は『魔界転生』に影響されて、精子を注入すれば死んだ女性が生き返ると考えていたというのである。
しかし、『魔界転生』のどこにそんな話が書いてあるのか。『魔界転生』で語られるのは、死にかけた男が女と交わって自分の妄念を注入すると、妄念が女の体内で成長し、一ヶ月後に女体を卵の殻のように破ってこの世に生まれでるという秘儀である。
「この世に出でよ、田宮坊太郎!」
「――おおっ」
と、如意斎はさけんだ。
正雪は女を唐竹割りに斬ったのではない。――ただ、そのひたいから鼻ばしら、胸から腹へかけて、うすくすじを入れただけだ。(略)
一瞬、お類の顔からからだにかけて、赤い線が走った。そこから、顔にもからだにも八方に亀裂が散り、網の目を作ったかと思うと、その皮膚をおし破って、内部からべつの人間がニューと出現してきたのである。
報道は被告が『魔界転生』を口実にしたと伝えるだけで、『魔界転生』が被告の言い分とは無関係だというところまではふれていない。
それは検察官や裁判長も同じである。裁判長はF被告に単行本で読んだのか、文庫本で読んだのかと訊いてはいるが、『魔界転生』にはF被告のいうような場面はないという事実は指摘していない。
単行本か文庫本かを訊いたのはF被告が本当に読んだのかどうかに疑問をもったからだろうが、その疑いは事件前の被告に山田風太郎を読みこなすだけに国語力があったかどうかを疑っただけであって、『魔界転生』にはF被告のいうような場面が存在しないことにはまだ気がついていないはずである。死姦という異常な行動の核心に係わるだけに、気がついていたら質問しないはずはないからだ。おそらく、裁判官も検察官も『魔界転生』が死姦の動機だという話は26日にはじめて聞いたのではないか。
わたしはこれまで、精子を注入することによって被害者を生き返らせようとしたという詭弁を弁護士の創作と考えていたが、そうではないかもしれないと思うようになった。弁護士の創作だったら、『魔界転生』ではなく、辻褄のあう作品を選んだはずだからだ。
といって、F被告に被害者を生き返らせる意図があったとも思わない。『魔界転生』はこの世に未練を残して死んだ男が女体を利用して生き返る話であって、女性を生き返らせるのとは正反対の発想で書かれているからだ。
わたしは死姦の動機に『魔界転生』が関係しているのではないかと疑っている。次の条を読んでもらいたい。
座っている彼の向こう側に、女がひとり仰むけに横たわっていた。腰のあたりは見えないが、全裸と見える。その女の顔――鼻のあたりに、坊太郎は白い手をあてている。そしてじぶんもからだを横に伏せて、顔に顔を重ねた。
「……く、く、くっ」
女の声――いや、人間の声とも思われぬ凄惨なうめきがあがり、白い二本の足がくねった。弱々しい、しかしあきらかに断末魔を直感させる痙攣だ。その下から床にひろがっている血潮をふたりは見た。
坊太郎の手はなお女の顔を覆っている。それは柔らかい海綿みたいにピタと鼻腔に吸着しているらしい。そして彼の口は女の口に、これまた蛭のように吸いついているらしかった。
「けくっ」
耳を覆いたくなるうめきとともに、女の四肢はパタリと床におち、そしてうごかなくなった。それもなお数分、坊太郎は女の口からじぶんの口を離さなかった。
強姦目的で誤って女性を殺してしまった場合、犯人は逃げるのが普通だそうである。F被告は絞殺という体力も時間もいる方法で殺した上に、苦悶の表情を浮かべ、脱糞までした被害者の死体を凌辱している。そういう状態の死体に対して性欲が起こること自体、異様である。
F被告は強姦して、たまたま殺してしまったのではなく、最初から女性を苦悶死させ、死姦することが目的だったのではないか。そう考えるしかないのではないか。(Jul21 2007 加筆)