2007年6月13日水曜日

「流れる」

 幸田文の処女作『流れる』の成瀬巳喜男監督による映画化である。
 幸田本人とおぼしい住込の女中に田中絹代、置屋の女主人のおつたに山田五十鈴、その娘で芸者を嫌っている勝代に高峰秀子、古株芸者の染香に杉村春子、若い芸者のなゝ子に岡田茉莉子、おつたの強欲な姉に賀原夏子、料亭の女将でおつたの姉貴分のお浜に栗島すみ子と、大女優がずらりと顔をそろえていて、クラクラしてくる。男優陣は宮口精二、加東大介、仲谷昇となかなかの顔ぶれだが、女優たちの競演の引き立て役といったところ。
 原作は置屋の内側をリアルに描きだした辛口の人間喜劇だが、映画では原作以上にお金にこだわっていて、売れっ子のなみ江の給金をごまかした話が軸になり、コロッケにかけるソースですら諍いの種になる。貧乏映画の巨匠、成瀬の面目躍如である。
 若い頃は柳橋を代表する売れっ子だったのに、男にだまされてばかりいる女主人のおつたの山田五十鈴の存在感が圧倒的だが、そのおつたをもしのぐのが栗原すみ子のお浜である。女優の格とはこういうものか。
 唯一不満なのは主人公のはずの田中絹代の影が薄いこと。原作ではだらしない女たちの中で、良家の奥さんだった主人公の折り目正しさと気骨が異彩を放っていたが、映画では芸者たちの野放図なエネルギーに押されっぱなしで、狂言回しにとどまっている。