「にごりえ」
樋口一葉の「十三夜」、「大つごもり」、「にごりえ」を今井正が映画化したオムニバス。文学座との共同制作なので、若い頃の北村和夫や岸田今日子がチョイ役で顔を出している。
この映画の制作された1953年は日本映画が絶頂をむかえた年で、小津安二郎の「東京物語」と溝口健二の「雨月物語」も公開されているが、キネ旬ベスト10と毎日映画コンクールは両作品をおさえ、本作が一位をとった。
以下、三つのエピソードを紹介する。
「十三夜」
名家に望まれて嫁いだお関(丹阿弥谷津子)は夫の横暴に耐えかねて実家にもどってくるが、父の主計(三津田健)に諭され婚家に帰る。その時乗った人力車の車夫はお関の幼なじみの録だった。録は煙草屋の跡取り息子だったが、関が嫁いだ後、生活が荒れ、今は車夫に身を落としていた。今の日本では失われてしまった会話の妙と立ち居振る舞いの美しさに息を呑む。明治の日本人がなぜ欧米人に一目置かれていたかがよくわかる。
書割だろうが、仲秋の名月に浮かびあがる東京の夜景色が心に染みる。
「大つごもり」
みね(久我美子)は親を喪ってから伯父の安兵衛に育てられ、今は資産家の山村の家で女中奉公をしている。山村家は強欲な後妻のあやが仕切るようになってから女中がいつかなかったが、みねはけなげに働いている。みねが伯父の家に里帰りすると、伯父は体をこわし借金で困っている。みねは御新造にお願いしてみるという。あやはいったんは貸すというが、大晦日になってみると、そんな約束をしたおぼえはないととぼける。みねは困り果て、つい主家の金に手を出すが……
久我美子が輝いている。この作品の前後に公開された「あにいもうと」でもそうだったが、この人は本当はお姫様なのに、けなげに働く貧しい娘をやらせたら天下一品だ。
「にごりえ」
「菊之井」の酌婦お力(淡島千景)は結城朝之助(山村聰)という気前のいい客もでき、陽気にふるまっていたが、内心、咎めるものがあった。かつて馴染みだった蒲団屋の源七(宮口精二)はお力にいれあげるあまり、身代をつぶしてしまい、今も執拗にお力につきまとってくるのだ。裏長屋に移った源七は女房(杉村春子)を離縁してしまい、悲劇的な結末に向かう。ドロドロしかねない話だが、淡島の涼やかな色気のおかげで哀れ深い作品になっている。暗示的な結末も余韻を深めた。
三本に共通していえることだが、日本映画全盛期の女優には気品があった。今の日本の女優はどうしてこう品がなくなったのだろう。