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2008年3月13日木曜日

NGOになったICPF

 ICPFシンポジュウム「情報通信政策の課題」を聴講してきた。今回はNGOとして再出発する記念ことだったが、どの話もおもしろかった。

 一人目は「通信・放送の総合的な法体系に関する研究会」のキーマンである中村伊知哉氏で、情報通信法について語った。

 情報通信法については昨年10月のICPFセミナーに総務省情報通信政局総合政策課長が登場したが、「世界最先端の制度」と自画自賛に終始し、はしゃぎすぎの印象を受けた。今回の中村伊知哉氏は役者が一枚も二枚も上で、できる人のようである。

 情報通信法が言論の自由を脅かすという議論は放送業界の目くらましにすぎないから、本丸であるインフラの問題に切りこむべきだという話を遠回しに語っていた。どこまで本気かわからないが、人が集まり経済が活性化するのなら、言論の自由、大いに結構ということらしい。

 二人目はこれまでICPFの代表だった池田信夫氏で、持論の電波利権について吠えた。内容はいつも通りだったが、民主党とからめて、2010年のアナログ停波は不可能と断言した。

 停波を強行したら、デジタルもアナログもわからない年金暮らしのお婆さんが、突然、TVを見られなくなってしまう。これこそ弱者切り捨てであり、自民党の脚を引っぱろうとあの手この手を試みている民主党が飛びつかないはずはないというわけだ。

 数字的に見ても、アナログのTVはまだ6000万台残っている。日本のTVの販売台数は年間1000万台で、これは買換需要にほぼ等しいという。単純計算でも、全部デジタル対応に置きかわるのに6年かかる計算だ(デジタル→デジタルの買換えもあるから、実際には10年以上かかるだろう)。2010年のアナログ停波など、最初から無理だったのである。

 池田氏の電波利権批判はまったくその通りだし、日本も電波のオークションをやるべきだと思うが、まあ無理だろう。

 質疑応答で、電波がコマ切れ状態で固定されているのは、古い技術でせこい商売をしている弱小業者が役所にびっしり貼りついているからだという指摘があった。高いところから説教しても効果はなく、弱小業者に数千億のビジネス・チャンスがあることを啓蒙するところからはじめないと、何も変わらないといういうわけだ。そうなればいいとは思うが、無理だろう。

 三人目は新しくICPF理事長に就任した林紘一郎氏。この人もすごい。NTT出身だそうだが、技術と法制度と文化の三つに通じていることが言葉のはしばしからうかがえる。オタク的な専門バカはうじゃうじゃいるが、久しぶりに本物の学者を見た。

2008年1月16日水曜日

国会図書館の電子書籍保存

 日本ペンクラブ電子文藝館委員会で国会図書館に行ってきた。電子文藝館では国会図書館のPORTAに参加することを検討していて、その説明を受けがてら電子資料室を見学させていただき、電子図書館の現状についてお話をうかがったのだ。

 今日は休館日にあたっていたが、ロビーに人がいないのは妙な感じである。検索用のパソコンにすべて電源がはいっていて、映画の一場面にはいりこんだような妙な感じだった。

 DVDやCD-ROMの付属する書籍はすべて電子資料室で閲覧するが、ビューアーをインストールする必要のあるディスクではそのつど係員がパソコンにインストールするそうである。30分くらいかかることがけっこうあって、時にはインストールできないこともあるそうだ。日経新聞のデータベースも毎回ビューアーをインストールしなければならない。サーバーに保存できないのか聞いたところ、毎回CD-ROMを読みこませる形なら納本書籍として無料で利用できるが、サーバーに保存すると別契約になり利用料金がかかるということだった。利用頻度が高いものはできるだけサーバーに蓄積する方向で考えているが、予算の関係でなかなか増やせないらしい。

 国会図書館は資料の永久保存を任務の一つとしているが、CDの劣化にどう対処しているのか聞いてみた。CDはOSの違いなどで読めなくなったものはあるが、ディスクの劣化で読めなくなったものはまだないので、緊急の課題とは考えていない。現在はフロッピーの劣化について研究をはじめたところで、CDやDVDの劣化対策は将来の課題になるということだった。

 ちなみに、今、電子資料室で一番閲覧が多いのはこの本だそうである。わざわざ国会図書館まで来てモニターをにらみながらマッサージをはじめるオバサンがいるというが、買った方が早いだろうに。


 電子図書館の現状についての話も興味深かった。電子図書館については1998年に田屋裕之氏にインタビューさせていただいたが、あれからもう十年たってしまったわけだ。

 話題は多岐にわたったが、この1月7日に日経夕刊の一面に大きく載った「国会図書館の本、全国で閲覧可能に・3000万冊をデジタル化」という記事についても聞いてみた。

 3000万冊といえば国会図書館の全蔵書である。それが「インターネットを通じて自宅やオフィスで簡単に読める」ようにするというのだから、事実だとすれば大スクープだが、他のメディアの後追い記事はない。そもそも量的に不可能だし、3000万冊の7割は著作権が活きているはずである。著作権を全否定しかねない事業に国会図書館が本当に乗りだしたのだろうか。

 案の定、そんな計画はないということだった。いかにも飛ばしくさい記事ではあったが、日経の夕刊一面に載ったので国会図書館には各方面から問い合わせがあり、当惑しているとのことであった。

 書籍デジタル化の現状はどうだろうか? 国会図書館は明治・大正期の14万3千冊を「近代デジタルライブラリー」として公開しているが、ライブラリーの対象となる蔵書は880万冊あり、わずか1.6%が完了したにすぎない。平成19年度は8100万円の予算で1万冊をデジタル化したが、20年度には1.3億円に増額し1万5千冊程度がデジタル化されるようだ。書籍のデジタル化には追い風が吹いていて予算がとりやすいそうだが、10倍20倍になるわけではない。仮に年3万冊になったとしても、近代デジタルライブラリー880万冊のデジタル化が完了するには280年かかる。3000万冊だと1000年である。万一予算が10倍に増えたとしても100年かかる計算だ。


 デジタル化に手間がかかるのはスキャンをいまだに手作業でやっていることも影響しているようだ。国会図書館には資料の永久保存という任務があるので、Googleが使っているような自動スキャン機は使えないということである。それなら本を傷めない自動スキャン機を日本の技術で独自開発すればいいと思うのだが。

 全文テキスト化についてはOCRが古い活字に対応しておらず、明治期の文献ではヒット率が90%まで落ちるということだった。そういえば、SATの『大正大蔵経』電子化では康煕字典体の活字を読むために台湾製のOCRを使っているということだった(「電子テキストの海へ」)。中国の『四庫全書』デジタル化プロジェクトでは手書きの楷書を処理できるOCRを独自開発したということだし(「「アジアの漢字と文献処理」レポート」)、韓国の『高麗大蔵経』電子化プロジェクトではサムスンの研究所が全面的にバックアップしたという。日本のIT企業は何をしているのか。

 デジタル化以上に大変なのは著作権の処理である。近代デジタルライブラリー事業を進めるにあたり、明治期の著者7万2730人を調査したところ、70%にあたる5万1千人余が生年月日不詳で著作権保護期間が終わっているかどうか確認できなかった。


保護期間完了 20,141名27.69%
保護期間中 777名 1.07%
生年月日不詳 1,712名 71.10%
処理未完了 100名 .14%

 生年月日不詳の場合、著者が日本人であれば文化庁長官の裁定により補償金を供託することで印刷制限つきのネット公開ができるようになる。補償額は一件あたり51円、利用期間は5年間である。著者が生年月日不詳の外国人の場合は文化庁長官裁定の対象外である。裁定で公開できたのは生年月日不詳者の75%である。

 文藝家協会で著作権問題を担当する三田誠広氏によれば裁定条件は緩和の方向で検討が進んでいるということだが、裁定という回り道をとおらなければならない点は変わらない。著作権保護期間の書籍のネット公開にいたっては、Googleでさえ難渋しているくらいで、どだい無理な話である。

 IT関係に飛ばし記事はつきものだが、日経は今回もまたやってくれたわけである。

2008年1月4日金曜日

民主党のネット規制法案

 新年早々きなくさいニュースが流れている。民主党が有害サイトの削除をプロバイダに義務づける法案を準備しているというのだ(日経)。記事から引く。

 検討中の法案では、サイト開設者やプロバイダーは違法情報を発見し次第、削除しなくてはならないと規定。違法かどうか明確でなくとも、有害な恐れがある場合は児童が閲覧できなくなるような措置を講じるよう義務付ける。罰則を設けることも視野に入れる。


 若者保護を前面に押し立て、自殺勧誘、出会い系、児童ポルノとならべているが、「違法かどうか明確でなくとも、有害な恐れがある場合」も規制対象とするという。こういう曖昧な規制は役人に悪用されかねないし、すくなくともプロバイダの過剰な自己規制をまねく。

 近年、マイノリティ利権の一部が明るみに出て、都市伝説あつかいされていた在日利権が事実だったことがわかった。やっとおかしいことをおかしいと言えるようになったのに、こんな法律ができたら、プロバイダの過剰な自己規制によって普通の掲示板やblogで議論できなくなり、批判が封殺されてしまうだろう。この法案は人権「擁護」法と同様の危険性をもつ。

 いくら国内のプロバイダを規制しても、犯罪者は商売だから外国のサーバーに逃げるに決まっている。無菌思想は犯罪の撲滅ではなく、言論の封殺をまねく。ネット犯罪を防ぐには遠回りなようでも子供に情報の裏読みを教え、すれっからしにしていくしかない。民主党と民主党に肩入れする左翼マスコミは、国民が情報の裏読み能力を持つことを怖れているのだろうか。

 民主党は与党と共同提案を考慮しているというから、最悪の場合、今の国会で通る可能性が高い。早急に声を上げる必要がある。

2007年10月25日木曜日

情報通信法、官の言い分

 ICPFセミナー「通信・放送の総合的な法体系を目指して」を聴講してきた。講師は情報通信法を担当する総務省情報通信政策局総合政策課長の鈴木茂樹氏で、やる気むんむんというか、50年に一度の大改革を手がける喜びに舞いあがっている印象を受けた。制度をゼロから設計する機会にめぐりあえたのは役人冥利に尽きるといったところか。
 鈴木氏は情報通信法はあくまでもIT産業振興のための規制緩和であり、新たな規制でしばろうとするものではないと熱弁をふるった。レイヤー型法体系という世界最先端の法体系を整備することで日本のIT産業が復活すれば、他の国も日本に倣うようになり、いち早くレイヤー型法体系に慣れた日本企業の国際競争力が高まるとも説いていた。ほとんど新制度のセールスマンである。
 講演の部分はどこかで読んだような話ばかりで新味はなかったが、質疑応答はおもしろかった。
 まず、資料中の怪しげな数字に突っこみがはいった。鈴木氏の講演は日本のIT産業に対する危機感を煽り、その処方箋として情報通信法を持ちだすという趣向になっているので、資料にはセールストークというか、素人だましの数字がまじっているのである。今回配布された資料は他の機会でも使われてきたと思われるが、具体的な指摘に鈴木氏はあわてていた。
 こんなドラスティックな改革が本当にできるのかと先行を疑問視する声も出た。講演では各界から寄せられたパブリック・コメントの傾向が紹介されていたが、中でも放送界は警戒感を隠さず、断固反対の構えのようである。鈴木氏は放送界について、地方局は遠からずやっていけなくなるという意味の見通しを語った。県域免許制の矛盾は多くの人が指摘しているが、総務省の担当者自身が婉曲ながら、地方局の自滅の可能性に触れた意味は重い。
 コンテンツ規制や著作権については情報通信法の範囲外といわんばかりの答えをしていた。
 情報通信法は産業政策だとしきりに強調していたが、では遅れた法体系で動いているアメリカがなぜ強いのか。レイヤー型法体系に変えて、本当に産業振興になるのか。その辺りの明確な答えはなかった。

2007年10月18日木曜日

『電脳社会の日本語』が絶版に

 文藝春秋社から『電脳社会の日本語』を10月いっぱいで絶版にするという連絡が来た。
 在庫数を見たところ、予想より1桁すくなかった。千部か二千部売れ残っているだろうと思っていたが、発行部数の1%未満しか残っておらず、ほとんど売れたことになる。
 この本は営業部が売れると勘違いしてくれたおかげで、通常の部数よりかなり多く刷ったが、文字コードなどというディープなテーマが文春新書の読者層とあうはずはなく、最初の一ヶ月は惨憺たる売行だった。その後、中村正三郎氏が褒めてくださったおかげで最悪の結果はまぬがれることができたが、決して売れた本ではない。
 7年かかって売りきったのならめでたいことであるが、途中で在庫の圧縮がおこなわれた可能性もなくはない。聞けばわかるが、こういうことは気にはなっても知りたくはないものだ。
 まる5年かけて書いた本だけに、いくばくかの感慨はある。文字コードという泥沼のような問題にはまりこんで悪戦苦闘し、いい出会い、悪い出会い、いろいろあったが、最大の収穫は文字の記録が当てにならないことを知ったことだ。本当のことは文書には書かれず、闇から闇に消えていっているのだ(わたし自身、すべてを書いたわけではない。できるだけ暗示しようとはしたが)。
 そんなこと当たり前じゃないかと思うかもしれないが、書かれたものがすべてというテキスト派の文藝批評をやってきた人間にとっては得がたい経験だった。
 12月にはいったら、いよいよ裁断処分らしい。しばらくは流通在庫があると思うが、今調べたらAmazonで3冊、紀伊國屋書店全店で3冊、ジュンク堂で1冊だった。7年前の本だから、在庫もこんなものか。
 興味のある人はお早めに。

2007年10月2日火曜日

ニューヨーク・タイムスが過去記事無料化

 ニューヨーク・タイムスは過去記事の無償公開に踏みきった(media pub)。無償公開されているのは1987年以降の記事だが、それ以前の記事の多くも無料で読めるようである。
 安部公房の訃報を検索したところ、ちゃんと出てきた。

 映画評も無償公開されており、映画評の抜粋と読者の投稿した感想を読むことができる。映画評の全文を読むにはあらかじめ自分のメールアドレスを登録しておく必要があるが、たいした手間ではない。下は『砂の女』の映画評である。

 media pubによると、アーカイブ開放にあわせ、リンク切れがおこらないように記事URLの恒久化するとともに、サーチエンジンの上位に来るように記事のマークアップを変更を進めているということだから、狙いとするところは明確だ。
 過去記事の有償公開にこだわっていてはネット社会では埋没するだけだ。ニューヨーク・タイムスのブランド力を守り、アーカイブという資産を生かすには無償公開に踏みきるしかなかったのである。
 日本はどうか。MSNは毎日新聞との提携をやめて、10月1日に産経新聞と組んで新ニュースサイト「MSN産経ニュース」を開始したが、過去記事の公開は半年間限定である。毎日MSNが3ヶ月だったことを考えれば多少進歩したといえるが、五十歩百歩でしかない。
 一方、毎日新聞は10月1日から「毎日jp」を開設したが、過去記事の公開は一ヶ月間に短縮してしまった。
 ITmediaによると「サイト全体について、アルファブロガーと呼ばれる有名ブロガーやネットジャーナリストに助言をもらった」ということだが、一ヶ月でリンク切れになるようなことをしておいて、本当に意見を聞いたのだろうか。
 アルファブロガーによるお勧め記事のコーナーなどを作るらしいが、有名人に頼ってという発想がすでに古い。こんなことだから、マイクロソフトに見限られるのだ。バカはどこまで行ってもバカである。

2007年9月15日土曜日

デュアル本

 中経出版が書籍購入者に電子テキストを提供する「ネット書籍サービス」をはじめたそうである(CNet)。
 うっかりしていたが、三省堂が「dual大辞林」として同様のサービスをすでに開始していた。辞書こそ電子データの利便性がものをいうわけで、紙の辞書離れを防ぐ決め手になるかもしれない。
 今はすべてコンピュータ組版になっているので、電子テキストはすでにあるわけである。ほとんど追加コストがかからないのだから、出版社側にもメリットがあるはずだ。問題は著者側の気分的な問題ということになる。
 認証がややめんどうのようだが、ICタグを本に埋めこんで、買ってきた本をパソコンにかざすだけで認証が終わるようにしたらどうだろう。CDをリッピングする際、自動的にネットから曲名や演奏者のデータをひろってきてくれるが、あのようなことが本でもできたらいいと思うのだ。
 またこういう利点があれば、なかなか進まない書籍のICタグ化を後押しすることにもなるだろう。

2007年9月12日水曜日

集合知と無頭の悪意

 WikiScanner日本語版の余波がつづいている。朝日新聞は9月8日に「ウィキペディア 省庁から修正次々 長妻議員の悪口も」という記事を載せ、Wikipediaに対する役人の干渉を次のように具体例をあげて批判した。

 厚労省で検索すると、100件ほどの結果が表示される。趣味に関する書き込みも多いが、06年4月には「ミスター年金」の民主党・長妻昭衆院議員の項目に、「行政官を酷使して自らの金稼ぎにつなげているとの指摘もある」と書き加えられていた。
 宮内庁からの書き込みでは、06年4月、「天皇陵」の項で、研究者の立ち入りが制限されていることを巡り、「天皇制の根拠を根底から覆しかねない史実が発見されることを宮内庁が恐れているのではないかという見方もある」とあった部分が削除されていた。

 このほか、法務省からは05年10月、「入国管理局」の項目で、難民認定に関し、「外務省・厚生省ともに面倒な割に利権が全くない業務を抱えるのを嫌がり」と他省の「悪口」を追加。


 ところが、今度はその朝日新聞の社員がWikipediaに820件にもおよぶ加筆訂正をおこなっていたことがあきらかになったのである(J-CASTニュース)。
 当然予想されたことだが、820件はなかなかの数だ。読売新聞はもっと多く854件ある。新聞社はよほど暇なのだろう。
 Wikiepediaの記述を修正したら足跡が残るのは自明であって、会社のパソコンから修正したのは不用意だった。自宅やネットカフェのパソコンを使えばわからないから、こうした我田引水の修正の試みは今後もなくなることはないだろう。
 今回の騒動でWikipediaの信頼性が揺らぐと言っている人がいるが、そんなことは最初からわかりきったことである。
 わたしが興味深く感じるのは、Wikipediaの最初からいい加減でうさんくさい記述が、編集に介入する利害関係者という「主体」が発見されたとたん、急に問題にされるようになったことである。記述そのものは変わっていないにもかかわらず、だ。
 しかし、Wikipediaは「集合知」といわれているように、「主体」を希釈する仕組になっている。朝日新聞社員や霞ヶ関の役人のくわえた修正の多くはそのままの形で残っているわけではない。得体の知れない、おそらくは彼らほどの知識はもちあわせない多数の匿名の参加者によって原形をとどめないまでに加筆訂正されている。Wikipediaの記述を自分の思い通りに変えようとしても、シジフォスの営みになりかねないだろう。
 おそらく、Wikipedia的な「集合知」については二つの見方がある。一つは多数の「主体」がモザイクとして残存しているという見方、もう一つは個々の「主体」が消去され合力に化しているという見方。
 わたし自身は「集合知」はbotやコンピュータ・ウィルスと同じ「無頭の悪意」の類だと考えている。

2007年9月10日月曜日

漢字を好む若者世代

 9月7日、文化庁は平成18年度の「国語に関する世論調査」の結果を発表した。文化庁のホームページにはまだ出ていないので、新聞報道しかソースがないが、今回は漢字使用について調べていて、興味深い結果が出ている。
 ある程度予想はできたが、若い世代に漢字多用支持が増えていることがはっきりした。漢字多用支持の比率は20代で50%を越えているのに対し、60代では32%にとどまっている。
 「愕然(がくぜん)」、「闇夜(やみよ)」、「剥製(はくせい)」、「破綻(はたん)」、「玩具(がんぐ)」、「刺繍(ししゅう)」という表外漢字熟語6語の望ましい表記について尋ねたところ、3年前の調査と比較して「振仮名つき」派が13~17%減、「交ぜ書き」派が0~7%増、「漢字のみ」派が6~15%増だったという。この程度の熟語だったら、振仮名は必要ないという人が増えたのである。「役不足」の正答率も前回比で13%増だという。
 一方、「憂鬱」を仮名で書くか漢字で書くかを尋ねたところ、パソコンの場合は漢字で書く人が71%もいたのに対し、手書きの場合はわずか14%にとどまった。この結果はどうということはない。読めて書ける字より読めるが書けない字の方が多いのは当たり前だが、パソコン時代になり、読めるが書けない字が著しく増えただけのことである。
 ニュースサイトを日常的に読んでいる人は全体では32%だったが、20代は56%、30代は61%におよんだ。おそらく、60代以上では10%を下回るのだろう。
 パソコンになじめず、左翼的な教育をひきずった団塊世代に対し、パソコンを使いこなし、左翼マスコミの情報操作に気がついた若者世代という対立がここにもあらわれているのではないかと思う。

2007年9月1日土曜日

グーグル八分発見システム

 「グーグル八分発見システム」というプロジェクトがIPAの未踏ソフトウェア創造事業に選ばれたそうだ(CNET)。プロジェクトの責任者は「悪徳商法?マニアックス」の beyond(吉本敏洋)氏で、自身、Google八分にあった経験があり、『グーグル八分とは何か』という単行本まで出している。
 国費を投じる事業になんと大胆なと思ったが、SETI@homeのような一般参加の分散処理システムという点が評価されたらしい。参加者のパソコンの空き時間を利用するシステムならいくらでも応用がきく。
 Googleの検索順位を他サーチエンジンや過去のGoogleの順位と比較するようだが、この記事で注目すべきは、ガードの固いので有名なGoogleからGoogle八分という微妙な問題でコメントをとっている点だ。
 Googleの広報は「どのページを検索結果に表示しないかという判断基準は、グーグルではなく法にある」と答えているという。具体的には次のような手続をとるようだ。

 グーグルの方針としてはまず、検索結果からの除外を求める人とそのサイトの管理者で話し合いをしてもらい、問題があるサイトを管理している人が当該コンテンツを削除するように求めているという。ただし、サイト管理者とコンタクトが取れないような場合は、どの法律に違反しているという理由を明記した上で、要望を書面でグーグルに送ってもらうようにしている。この書面を元に法律に違反しているかどうかを判断し、認められる場合には「グーグル宛に送られた法的要請に応じ、このページから1件の検索結果を除外しました」といった表記をした上で、検索結果に表示されないようにする。

 以前は乱暴なことをやっていたと思うが、社会問題になりかけているので火消しをはかったということだろうが、問題は 「グーグル宛に送られた法的要請に応じ、このページから1件の検索結果を除外しました」という断り書き(わたしはまだ見たことがない)がどこにどのように表示されるかだ。
 Googleは中国の言論弾圧に加担していることが批判されているが、中国でもこういう断り書きを出すのだろうか。もし出すのなら、尊敬するが。

2007年8月31日金曜日

雑誌のバックナンバーをどうする

 日本文藝家協会やJASRAC、日本漫画家協会、日本写真著作権協会、日本美術家連盟など17の著作権管理団体でつくる「著作権問題を考える創作者団体協議会」は著作物の権利者情報を検索できるポタールサイトを2009年1月開設を目指して構築すると発表した(ITmedia)。三田誠広氏が予告していた著作権者データベースがいよいよ具体化してきたわけである。
 「2009年1月開設を目指して」という言い方になっているのは、間にあうかどうかわからないからだろう。
 同種のデータベースとしては経団連などが開設した Japan Content Showcase がすでに公開されているが、ものものしい同意ボタンをクリックさせるのに、内容はないに等しい。日本図書コード(ISBN番号)を取得した書籍に関しては題名と出版社名、出版年が出てくるが、それ以上の情報はない。
 倒産・廃業した出版社の出版物を考えると、日本図書コードを取得した書籍のデータベースを整備するだけでも大変だが、新聞雑誌に発表された文章となるとデータベース化は絶望的に困難ではないか。出版事情はどんどん厳しくなっており、書籍にならない作品が増えている。文芸批評など書籍になる方がすくないくらいだ。
 雑誌は情報の宝庫だが、その電子化・データベース化は一部を除いて手つかずである。図書館でも雑誌の中味まではデータベースになっていない。
 文芸批評をやっていると過去の雑誌を閲覧することが多いが、掲載誌の巻号が間違っていると大変である。今は大学図書館の書庫にはいって調べることができるが、以前は絶望的だった。
 Googleや Yahoo、マイクロソフトの書籍電子化計画は、日本では大変な抵抗に遭っているが、雑誌の電子化に手をつけたらどうだろうか。雑誌のバックナンバーは現状では死蔵されているだけなので、これを電子化してくれるなら、読者にとってはもちろん、著者にとっても、出版社にとっても、図書館にとっても歓迎すべきことではないか。

2007年7月25日水曜日

著作権者データベースは実現できるか

 第20回ICPFセミナー「著作者は著作権をどのように捉えているか」を聴講してきた。ゲストは三田誠広氏。いつもは40人の教室を使っていたが、今回は参加者が多く100人以上はいる白山ホールが会場だった。ITmediaに「「100年後も作品を本で残すために」――三田誠広氏の著作権保護期間延長論」という記事が出ており、池田信夫氏のblogにもエントリーがある。
 吊るし上げ大会になるだろうと予想して出かけたが、吊るし上げは不発に終わった。三田氏はさすがに喧嘩慣れしていて、アウェーの試合と見切り、逃げに徹したからだ。のらりくらりとかわされた池田氏は憮然たる表情で会場から出ていった。その憤懣はblogからも読みとれる。
 逃げきるかどうかだけが焦点のやりとりだったから、議論の細部に立ちいっても意味がない。ここでは三田氏の提唱する著作権者データベース構想だけを紹介し、検討することにする。
 このデータベースは著作権者が不明の場合の調停の前提条件として作ろうというものだ。著作権者が不明で作品を流通させられないというケースは多い。人名事典に載っているような人や文藝家協会の会員だったような人なら、誰が著作権を継承しているかはすぐにわかるし、手続も簡単だが、一作か二作発表しただけで消えた人や、雑誌発表だけで消えた人などはいつ亡くなったかもわからず、著作権継承者を探しだすだけでも大変である。
 著作権法では「相当な努力」をはらっても著作権継承者が見つからない場合は保証金を寄託することによって著作を利用することができるとしているが、「相当な努力」はハードルがかなり高い。こういう現状のまま、保護期間を死後100年に延長すると、いよいよコンテンツの流通が阻害されることになる。
 そこで著作権管理団体が統一した著作権者データベースを作り、そのデータベースを検索して見つからなかったら「相当な努力」をはらったとみなし、調停にもちこめるようにしようというわけだ。
 ここまでは以前から言われていたことだが、三田氏の構想で目新しいのは調停制度を拡充することによって、実質的に登録制と同じことを可能にしようとしている点である。
 著作権者の中には保護期間が死後70年になっても、50年で十分という人もいるだろうし、死んだらすぐに全作品をフリーで公開したいという人もいるかもしれない。趣味で作品を公開している人の中には最初からフリーでかまわないという場合が多いだろう。
 そこで著作権者自身が保護の条件を宣言するクリエイティブ・コモンズや、著作権保護期間延長を登録制にし、一定の手数料を払いこんだ場合にだけ保護期間を延長するという方式が提案されている。登録や意志表示がなければ、フリーと見なすことになる。
 だが、こうした登録方式をとると登録や意志表示によって著作権が発生することになり、ベルヌ条約の無法式主義に抵触する。
 三田構想は著作財産権の放棄の登録なので、無法式主義とは共存可能のはずである。著作権者データベースにない場合は保証金を寄託しなければならないので、保証金の金額が問題になるが、ベルヌ条約の枠組で登録制が実質的に可能になるのは魅力的である。
 著作権に関する三田氏のこれまでの活動を見ていると、文化庁と密接な関係で動いていることは間違いなく、ある意味で文化庁の代弁者といえなくもない。三田構想は三田氏個人の構想というより、文化庁のアドバルーンの可能性があり、その意味でも看過できない。
 しかし「相当な努力」をはらったと誰もが納得するためには著作権者データベースは網羅的でなければならない。そんなデータベースが本当に作れるのだろうか。
 三田氏は最初二年でできるといい、突っこまれると二年ではできないかもしれないが、保護期間延長の改正著作権法が施行されるまでには間にあうはずと言いなおした。早くも絵に描いた餅に終わりそうな予感がする。

2007年7月13日金曜日

言論表現委員会の最初の会合

 これまでペンクラブの電子メディア委員会が今年度から言論表現委員会に吸収合併されることになり、旧電子メディア委員会からの流れで、言論表現委員会の委員を委嘱された。今日、第一回の会合があり、元からの言論表現委員会の委員のみなさんと顔合わせをしてきた。
 会合では旧電子メディア委員会のメンバーから吸収合併に対する疑問の声が上がった。ペンクラブの会員は年齢が比較的高く、電子メディアに関する理解が深いとはとてもいえない。旧電子メディア委員会は電子メディアの現状と未来を研究し、会員に還元することを目指していた。昨年は会合があまり開かれなかったが、今年になってからは活動が再開する方向だった。
 一方、言論表現委員会は昨年度まで猪瀬直樹氏が委員長をつとめていたペンクラブの顔といっていいような委員会であり、言論の自由のために戦う実戦部隊である。会社でいえば、営業部が研究開発部門を吸収したようなもので、どちらの側にも戸惑いがある。
 わたしは電子メディア委員会は将来的にいくつかの委員会に発展的に吸収されるべきだと思うが、今、言論表現委員会に吸収されるのは十年早いのではないかと申しあげた。
 事務局の話では会長が阿刀田氏に変わってから大規模な機構改革がおこなわれ、合併された委員会は電子メディア委員会だけではないということだったが、どういう議論があって合併が決まったのかは担当の吉岡理事が欠席したのでわからずじまいだった。なんと、山田新委員長も合併決定の経緯を知らされていないとのことだった。一体どうなっているのか。
 ただ、制定に向けての動きがはじまった情報通信法のように、言論表現委員会と旧電子メディア委員会が協力して事に当たらなければならない緊急の課題があるのも確かだ。今回の合併がどうなるのかはまだわからないが、両方のメンバーが顔合わせできたことは有意義だったと思う。

2007年7月7日土曜日

Googleブック検索

 かねて予告されていた「Google ブック検索」が日本でもはじまった(ITmediz)。データを提供しているパートナー出版社はごくすくないが、慶応大学が参加しており、慶応大学図書館の蔵書のうち、著作権保護期間の終了している12万冊が検索対象にはいったそうである(ITmedia)。
 「安部公房」で検索したところ、18点がひっかかった。第12位以降は中国で発行されている中国語の書籍なので、実質11点である。第1位はドキュメンタリー作家の佐藤真氏の映画論、第3位は安原顕氏の読書論、第4位は木田元氏と竹内敏晴氏の対談本だったが、他は未知の著者だ。出版社が最近話題の新風社や春風社となっているところを見ると、自費出版かもしれない。第2位の山田雄一郎氏は大学の先生らしいが、引用元が『第二間氷期』になっていた。
 電子テキストはもっているはずだが、画面に表示されるのはAmazonと同様、スキャンした書影画像である。書店であるAmazonが書影画像を使うのは当然としても、Googleまで書影を使うのは問題ではないかと思う。書影のネット公開が慣行化していくと、版面権がなしくずし的に成立してしまう可能性があるからだ。
 著作権保護期間の死後70年延長は99.9%の物書きにとっては影響はないに等しいが、版面権は違う。版面権は物書きの活動に直接影響してくる。文藝家協会はGoogleにただちに書影の使用中止と、電子テキストによる検索結果の公開を申しいれるべきではないか。

2007年6月26日火曜日

第19回ICPFセミナー「政府の知的財産戦略」

 第19回ICPFセミナー「政府の知的財産戦略」を聴講してきた。ゲストは内閣官房知的財産戦略推進事務局の大塚祐也氏。
 大塚氏は首相官邸サイトで公開されている「知的財産推進計画2007」のまとめにあたった人で、前半は立て板に水の講演だったが、これといった中味はなかった。レジュメが公開されているが、これに尽きている。
 後半、質疑に移ると、のっけから数字の詐術を指摘されて立ち往生。レジュメ15頁にGDPに対するコンテンツ産業の規模の比較があり、日本は2.66%で世界平均の3%より低いと大塚氏は危機感を煽っていたが、これは一国だけ突出したアメリカを含んだ平均である。アメリカを除いた世界平均は2.4%になり、日本は平均を上回っている。アメリカが突出しているのは英語によるところが大きい。
 大塚氏は音楽などは言語に関係ないと反論を試みるが、最近の音楽にはほとんど歌詞がついているという指摘を受けて、またも立ち往生。
 現行著作権法ではサーチエンジンの検索サーバーを日本国内に置けないので、検索サーバーを著作権法の例外にする話がもちあがっていて、「知的財産推進計画2007」の重点編にも挙げられているが(21頁)、これが間違いという指摘も出た。著作権法には日本国民(法人を含む)の国外犯の規定があるので、日本法人がある以上、検索サーバーを日本国外においても引っかかるというのだ。
 わたし自身、著作権法の壁のために日本では検索サービスがはじめられないという説を信じこんでいたが、いわれてみればその通りだ。著作権のあるCDやDVDを勝手に製造したら、国内でプレスしようと国外でプレスしようと、違法であることに変わりはない。検索サーバーも同じことである。ネットでは常識になっているとのことだったが、わたしは知らなかった。
 Yahooの検索サーバーは国内にあるという話も出たが、知財本部ではそのあたり、まったく把握していなかったそうで、大塚氏は呆然としていた。
 以上は枝葉の議論だが、この後、知財本部の認識は時代遅れだという根本的な批判があいつぎ、吊るし上げの様相を呈した。ICPFセミナーは糾弾集会になることが多いが、今回は特にひどかった。大塚氏はなにも言い返せず、最後は涙目状態だった。
 次回は文藝家協会の三田誠広氏がゲストだという。三田誠広氏は著作権延長の先頭に立っているから、今回以上の一大糾弾集会になるのは間違いない。三角帽子をかぶせられ、ジェット式ぐらいはやらされるかもしれない。もちろん、見にいくつもりだ。

2007年6月19日火曜日

プロバイダ責任制限法で懇談

 ペンクラブの旧電子メディア委員会と電子文藝館で総務省にいき、いわゆる「プロバイダ責任制限法」の担当者と懇談してきた。blogに書いていいという許可をもらうのを失念したので、官名はさしひかえておく。
 「プロバイダ責任制限法」は正式名称を「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」といい、対象となる「特定電気通信役務提供者」とは「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信」を提供する者をさし、掲示板やWikiツールの管理者、コメント欄を許可しているblogのオーナーなども含まれる。
 この法律は有害情報の削除と、有害情報発信者の情報開示という二本の柱からできているが、個人情報の開示については慎重な対応をもとめているのに対し、有害情報については積極的に削除を誘導する内容になっている。思い切り単純化していうと、個人情報の開示請求は裁判所の令状が来るまで応じなくても大丈夫だが、有害情報の削除を遅らせると責任が問われる可能性がある。条文の上では義務とはされていないが、限りなく義務に近いのである。
 削除の条件は二つある。まず、公開されている書きこみやファイルが明らかに他人の権利を侵害していると信じるにたる材料があること。次に発信者に警告したのに、7日以内に反論がないこと。警告は現在のところ、ほとんどメールでおこなわれているようである。
 しかし、SPAMが横行する現在、メールは確実な連絡手段とはいえなくなっている。海外に出ていたり、病院に入院してメールをチェックできないというケースもあるだろう。そもそも他人の権利を侵害しているかについては微妙なケースがすくなくない。「著作権関係ガイドライン」には一応こうある。


 可能な限り誤った措置が講じられることのないよう、また、ガイドラインの信頼性担保のために、権利侵害があることを容易に判断できるものを対象とすることが好ましい。(下線、引用者)


 しかし、本当にこういう慎重な運用がおこなわれているだろうか。
 昨年、ペンクラブの会員のホームページが、プロバイダによってサイト全体が削除されるという事件が起きた。このケースはその後裁判になり、プロバイダに登録していたメールアドレスを定期的にチェックしていなかったのは原告側の過失とされ、プロバイダの削除は妥当という判決が出た。ただし、サイト全体を削除するのはゆきすぎであり、当該ページ以外のページは原状にもどすという条件がつけられた。ところがそのプロバイダはバックアップをとっておらず、原状回復ができなかったのである。
 こういう事例をお話したが、担当官は発信者側の声を聞くのははじめてということだった。
 目下、放送とインターネットを一元的に規制する「情報通信法」が準備されているが、この法律はすでに施行た実績のある「プロバイダ責任制限法」が雛形になるという見方が有力である。今の段階で発信者側が発言しておかないと、とりかえしがつかなくなるかもしれない。

2007年5月29日火曜日

アクセシビリティはビジネスチャンスになるか

 ICPFセミナー「情報アクセシビリティをビジネスチャンスに」を聴講してきた。講師は東洋大の山田肇氏。山田氏は JIS X 8341(高齢者・障害者等配慮設計指針)第一部の主査や、情報アクセシビリティ国際標準化調査研究委員会の委員長をつとめていて、『市民にやさしい自治体ウェブサイト』という著書もある。
 アクセシビリティとビジネスチャンスというとりあわせを奇異に感じる人がいるかもしれないが、これにはアメリカのリハビリ法508条がからんでいる。
 アメリカは第二次大戦後も継続的に戦争をしてきた。今もイラクでは多くのアメリカ兵が死傷しており、障碍者となって帰国する人がすくなくない。アメリカ政府は傷痍軍人を政府職員として雇用しているが、リハビリ法508条は公共調達品に障碍者対応を義務づけた法律で、もし役所が障碍者に使えないFAXや電話機、パソコンなどを購入したら、購入担当の役人が訴えられるという厳しい内容だ。
 公共調達はどの国でもGDPの10%前後あり、無視できない市場である。508条が施行された2001年当時は、日本では508条を非関税障壁と見る向きが多かったが、障碍者対応は日本企業の得意技の活かせる分野であることがわかってきた。障碍者対応は高齢者対応と重なる部分が大きいからだ。
 もともと日本の消費者は世界一うるさく、メーカーは消費者の重箱の隅をつつくような要求に応えてきた伝統がある。裕福な高齢者が多く、高付加価値の高齢者向け商品の市場がある上に、欧米と違って企業のトップが老人ばかりなので、高齢者向けの企画が通りやすい(これが意外に大きいらしい)。
 経済産業省もそれを理解していて、山田氏は経済産業省の支援のもとに、JIS X 8341をベースにしたアクセシビリティの国際規格 IS 9241-20 制定に動いてきたという。
 国際規格制定の舞台裏は文字コードの取材である程度知識があるので、実におもしろく聞いた。文字コードでは日本は後手後手にまわり、失地回復に十年以上かかったが、アクセシビリティではしたたかに立ちまわって、アメリカ包囲網を作りあげていた。日本もやるものである。
 残念なのは、日本の高齢者・障害者向け技術が世界で待望されているのに、企業の側はわかっていないこと。たとえば、高齢者向け携帯電話の「らくらくフォン」。欧米のアクセシビリティの関係者はみな「らくらくフォン」の機能に驚嘆し、早く輸出してほしいと言っているそうだが、富士通にそれを伝えても、第二世代携帯電話で敗れた後遺症からか、海外に出す気がない。山田氏は「らくらくフォン」のよさは通信方式とは無関係なので、海外でヒットするのは間違いないのにと嘆いていた。