2008年3月5日水曜日

ビデ倫はなぜ摘発されたか

 日本ペンクラブ言論表現委員会でビデ倫問題を話しあった。委員会でのレクチャーをもとにネットで調べてみたが、どうも単なる猥褻基準の問題ではなく警察利権にかかわる根の深い問題のようである。理解している範囲であらましを書いておく。

 ビデ倫(日本ビデオ倫理協会)は1972年に設立された自主審査団体で、映倫をモデルにし、警察OBと映画界OBを受けいれて体制をととのえた。ビデ倫未加盟メーカーの作品の摘発が相次いだので卸業界とレンタル業界に支持されるようになり、絶大な影響力をもった。だが、1990年代後半、独立系のメーカーが警察OBをむかえてつぎつぎと独自自主規制団体を作り、ビデ倫よりもゆるい基準で過激な作品を発売するようになると、ビデ倫加盟メーカーは売上を奪われるようになった。レンタル業界も非ビデ倫メーカーの作品を受けいれるようになり、ビデ倫を脱退するメーカーがあいついで加盟メーカーは150社から90社へ急減した。審査作品数も2004年は9千本を越えていたが、昨年は6千本を割りこむまでになった。ネットに無修正映像が氾濫するようになったことも影響しているだろう。

 ビデ倫は2004年から審査基準を段階的に見直していたが、2006年8月にはさらに緩和した新基準を打ちだした。その直後にビデ倫の審査を通った2作品が2007年8月警視庁に摘発され、さらにビデ倫までもが猥褻図画頒布幇助容疑で強制捜査を受け、審査員が長期にわたって取調を受ける事態となった(毎日新聞「アダルトDVD:審査本数減り収入減少…危機感で基準緩和」、読売新聞「ワイセツDVD審査甘く…「ビデ倫」幹部逮捕へ」、産経新聞「「新興勢力が」 ビデ倫部長の危機感とは…」によるが、各紙ともみごとに内容が一致している)。

 摘発された2作品は新基準の落としどころを模索していた時期に審査されており、ZAKZAKによると、確かに非ビデ倫系メーカーの作品よりも見えていたらしい。

 その意味で突出した事例を摘発し、一罰百戒的に暗黙の許容基準を示したと見えなくもないが、それにしてはビデ倫とビデ倫関係者に対する取調はきわめて厳しいものだった。パソコンからメモ帳まであらいざらい押収した上に、延べ150人の関係者に事情聴取をおこなったという。ずっと受けいれていた警察OBの天下りをビデ倫が断るようになったことに対する報復ではないかと囁かれる所以である。

 ビデ倫は強制捜査後第三者による有識者会議を組織し、その提言にもとづいて改革をはじめていたが、警視庁は3月1日、審査部統括部長を猥褻図画頒布幇助容疑で逮捕した。

 有識者会議の提言は公開されていないが、メーカー出身の理事を減らして学識経験者の理事を増やすとか、審査基準の透明化、乱立している他の自主審査団体との連携をはかるなど、改革の努力は評価していいだろう。

 こうした改革が動きだした矢先の逮捕である。警察以外の権威の誕生をつぶそうとしたとか、ビデ倫をふたたび天下り先にしようとしているという見方が出てくるわけである。

 そもそもビデオの過激化に歯止めをかけるのであれば、独立系のメーカーが独自審査団体をつくって過激な作品を発売しはじめた時点で歯止めをかけるべきだったろう。それを見のがし自主審査団体の乱立を放置したのだから、警察は天下り先を増やしかっただけではないかと勘ぐりたくなる。こうした経緯を伝えず警察側発表を垂れ流すマスコミも問題である。